チュニジアの概要
地中海とサハラ砂漠にまたがる北アフリカの共和制国家。カルタゴ以来の長い歴史と多彩な文化が息づく。
基本情報
チュニジアは北を地中海、南をサハラ砂漠に抱える戦略的要衝で、古代カルタゴからローマ・アラブ・オスマン・フランスと多様な支配を経験してきた。 1956年に独立後は比較的温和な世俗主義と女性解放政策を進め、教育水準と社会インフラはアフリカ諸国でも高い。 2011年の「ジャスミン革命」はアラブの春の口火を切り、現在も民主的制度の発展と経済改革が進む。 豊かなローマ遺跡、メディナ、ビーチリゾート、オアシスや塩湖など観光資源が豊富で、地中海料理とスパイスを組み合わせた食文化も魅力的。
- 正式名称
- チュニジア共和国
- 通称
- チュニジア
- 国コード(数字3桁)
- 788
- 国コード(英字3桁)
- TUN
- 国コード(英字2桁)
- TN
- 推計人口
- 約1,230万人 (2023)
- 人口密度
- 約76人/km2
- 主要言語
- アラビア語, フランス語, ベルベル語(少数)
- 主要宗教
- イスラム教(スンナ派)
- 国歌
- حماة الحمى(我らは祖国を守る)
- 国際電話番号
- +216
- インターネットTLD
- .tn
歴史
カルタゴに始まりローマ、アラブ、オスマン、フランス統治を経て1956年独立。2011年の民主化革命で政治体制が大きく転換した。
紀元前814年のカルタゴ建国以降、チュニジアは地中海交易の中心地として栄えたが、ローマとのポエニ戦争に敗れ属州化。 7世紀にアラブが到来しイスラム化、ハフス朝などが興亡した後16世紀にオスマン帝国領へ。 19世紀末からフランス保護領となり、ハビーブ・ブルギーバ率いる民族運動が1956年に独立を達成。 1987年ベン=アリー政権成立後に経済は成長する一方、汚職と抑圧が深刻化。 若者失業と社会不満が高まり、2010年末の焼身抗議を契機に「ジャスミン革命」が勃発、翌年長期独裁が崩壊。 制憲議会選挙と新憲法採択を経て複数政党制が定着しつつあるが、経済停滞と政治的対立は現在も課題である。
地理・気候
北部はテル山地と肥沃なメジェルダ平野、中央は乾燥したステップ高原、南部は塩湖とサハラ砂漠に覆われる細長い国土。
地中海性気候(北部)からステップ・砂漠気候(中南部)
- 面積
- アフリカ / 163610 km²
- 首都
- チュニス
- 最大都市
- チュニス
- 海岸線の有無
- 有
- 主要湖沼
- ジェリド湖, イシュケル湖
- 隣接国
- アルジェリア, リビア
政治
政治体制: 大統領制共和制(2022年憲法)
経済
通貨: チュニジア・ディナール (TND)
GDP(名目): 約520億 米ドル (2023)
GDP(PPP): 約1,620億 米ドル (2023)
言語・時間帯
主要言語: アラビア語, フランス語, ベルベル語(少数)
時間帯: 中央ヨーロッパ時間
文化・習慣
民族集団
アラブ系チュニジア人, ベルベル系, 黒人系トゥアレグ・スーダニ, ユダヤ系チュニジア人, フランス系住民
平均寿命
約76.5歳
識字率
約81.8%
国民的スポーツ
サッカー, 陸上競技, ハンドボール, バレーボール, バスケットボール, 水泳, レスリング